「怪僧ラスプーチン」発見

ついに「怪僧ラスプーチン」のダウンロード・サイトを見つけました。

と言っても、ちょくちょく見るサイトで久しぶりに検索してみただけです。

サビバージョンとフルバージョンのどちらもダウンロードしてしまいました。

サビの方はしばらくメール着信音として使おうと思います。

さて、ついでに私が覚えている限りで、ラスプーチン暗殺事件のことでも書き留めておこうかと思います。
ただし、あくまでも私の記憶のみに頼って書きますので、間違っていたらごめんなさい。

ラスプーチンは帝政ロシア末期に実在した人物です。

皇太子の病気を治療したことで、皇帝夫妻から信用を得るようになり、やがて政治に関与することになりました。

当然のごとく、これを面白く思わない貴族達が彼を排除することを考え始めます。

しかし彼に対する皇帝夫妻の信頼は厚いものがあります。
(ただし彼の反対にもかかわらず、ロシアは第一次大戦に参加しますが)

そこで結局彼を暗殺しよう、と言うことになったのです。

まず彼を宴会か何かの名目で、暗殺を企む貴族達の一人の家の地下室に招待します。

そして毒入りのワインと料理をふるまいますが、彼は「喉が焼けそうだ」と言うだけで、死に至りそうにありません。
(「怪僧ラスプーチン」の歌詞には「He said fine」となっています)

恐れをなした貴族達は、ピストルの弾を何発も彼に打ち込み、地下室から逃げ出します。

それでも彼は階段をはい上がって来ます。

貴族達はそこで殴る、蹴るの暴行を加えた後、彼を縛り上げて、何かの袋に彼を詰めて、凍てつくロシアの川に投げ込みました。

翌日貴族達が、川から袋を引き上げてみたところ、一応彼は死んではいたのですが、肺に水がたまっていました。

つまり凍死ではなく、溺死だということだそうです。

彼は生前、自分が平民に暗殺されるのであれば、ロシア皇帝のロマノフ朝は安泰だが、貴族達に殺されるのであれば、ロマノフ朝は途絶えるだろう、と予言したそうですが、ロシア革命の結果、まさにその通りになってしまいました。

以上がラスプーチン暗殺事件の顛末です。

余談ですが、私は大学受験の勉強で、「ラスプーチンがなかなか死ななかったのは、当日の彼のバイオリズムが、たまたまよかったからだ」と言うことを、英語で書いてある文を読んだことがあります。

私にはそうとは思えないのですが。
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