第47回スーパーボウルは旧AAFC対決



(AAFCの動画、と言うかスライドショーです)


日本時間の2/4に行われる第47回スーパーボウルですが、史上初めて、

旧AAFC(All-America Football Conference)

からNFLに吸収されたチーム同志の対戦となりました。

公式の歴史とはちょっと違うのですが、実質的にはそうなります。

その辺りの歴史に関することを書いておきます。


1.ボルチモア・レイブンズの歴史

1946年にNFLとは別に、AAFC(All-America Football Conference)と言うプロフットボールのリーグが設立されました。

結局1949年までの4年間存続しましたが、資金難のため解散。

8チームのうち、3チームがNFLに吸収されました。

クリーブランド・ブラウンズ

サンフランシスコ・49ナーズ

ボルチモア・コルツ

です。

この中のブラウンズが、後のボルチモア・レイブンズとなります。


ブラウンズはAAFCの中でも突出した強豪で、4シーズン全てに優勝しました。

NFL吸収後もその強さは変わらず、吸収一年目にもNFLで優勝しています。


強さのカギは、名将ポール・ブラウンと、「オートマチック」、つまり投げれば必ずパスが通ると言うニックネームのQBオットー・グラハムの存在でした。


しかし、スーパーボウルが始まってからは、出場するまでの強さは発揮できませんでした。

惜しかったのは、1986年からの4シーズンで、この間3回、スーパーボウルの一歩手前のカンファレンスチャンピオンシップに出場するのですが、すべてジョン・エルウェイのデンバー・ブロンコスに敗れています。

話しは戻りますが、1970年に旧NFLと旧AFLが合併し、現在のNFLとなります。

この時、旧NFLは現在のNFCに、旧AFLは現在のAFCとなるのですが、ブラウンズは球団数を調整するために、ピッツバーグ・スティーラーズ、ボルチモア・コルツとともに、旧NFLから現在のAFCに移っています。


1996年からブラウンズは、コルツが居なくなったボルチモアに移ります。

この時、球団とクリーブランド市はかなり揉めたのですが、ブラウンズと言うクラブ名、そしてブラウンズが持っている歴史や記録は、すべて将来クリーブランドに誕生するブラウンズに移管することが約束されました。

このため、公式の歴史では、ボルチモア・レイブンズは1996年にゼロから発足した新チームとされ、1999年に誕生した現在のクリーブランド・ブラウンズが、昔からあった球団となっています。


とは言え、実質的にはブラウンズの戦力を引き継いだレイブンズは、2000年シーズンに、初めてスーパーボウルに出場します。

この時のレイブンズは完全にディフェンス主導のチームで、その中心は、今度のスーパーボウルで引退する、レイ・ルイスでした。

試合はレイブンズの強力ディフェンスがその力を発揮し、ニューヨーク・ジャイアンツを破り、MVPにはルイスが選ばれました。

レイブンズにとっては、今度のスーパーボウルがそれ以来の出場となります。


2.サンフランシスコ・49ナーズの歴史

前述した通り、サンフランシスコ・49ナーズもAAFCのチームとして誕生し、リーグの解散とともにNFLに移りました。

それ以来、チームは本拠地もクラブ名も変わらず、今に至ります。

クラブ名の由来は、歴史用語の「49ナーズ」に由来します。

1848年にカリフォルニアで金鉱が発見されると、一獲千金を狙った人々が多くサンフランシスコに移って来ました。

歴史用語でこれらの人々を「1849年にやって来た特別な人たち」と言う意味をこめて「49ナーズ」と呼びます。

(実際私が「49ナーズ」と言う言葉を初めて聞いたのは、高校の世界史の授業でです)


1970年代までは凡庸なチームでしたが、1980年代から90年代にかけ、黄金期を迎えます、

その中心はなんと言っても、史上最高のQBの一人、ジョー・モンタナでした。

ショートパスを多用する新しいオフェンススタイル、「ウエストコーストオフェンス」は猛威をふるい、15年間で5度スーパーボウルに勝ちます。


しかし今世紀に入ってしばらく経つと、チームは長い低迷期に入ります。

誰がHCになろうと、どんな補強をしようと鳴かず飛ばず。

そんなシーズンが2010年まで続きました。


それを変えたのが、昨シーズンから指揮をとるHCジム・ハーボウです。

彼はアレックス・スミスなどのくすぶっていたタレントを開花させ、初年度にチームを一気にカンファレンスチャンピオンシップにまで導きました。

そして今季、1994年シーズン以来にスーパーボウルに帰って来ました。

オフェンススタイルはかつてのものと反対に、ランが多用されるようになりましたが、黄金期が日本テレビが地上波で試合を放送していた時期とかぶるため、中高年のオールドファンが多く、きっと喜んでられるでしょう。


3.「49ナー」の1人、「アメリカ合衆国皇帝」ジョシュア・ノートン

アメフトとは関係のない話です。


ジョシュア・ノートンは1849年にサンフランシスコに移ってきました。

金鉱が目当てではありませんでしたが、時期的には立派な「49ナー」です。

裕福な生活を送っていましたが、投機に失敗し破産してしまいます。


その後1859年にサンフランシスコの新聞各社に手紙を送り、自分のことをノートン一世として

「合衆国皇帝」

である旨を宣言しました。


悪い言い方をすれば、狂気に陥ったものの行動です。

しかし、本人はいたって大真面目なようで、当時のサンフランシスコの人々も彼の治世を歓迎したようです。

本当に興味深い人物です。

よろしければWikipediaをご覧ください。

Wikipedia「ジョシュア・ノートン」へのリンク


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