ほぼ毎日更新中です。「MAJIK MIRROR」では、五十代サラリーマンの私(MAJIK)が、私自身や社会について感じた事を書いていきます。お笑い、アメフト、福岡ソフトバンクホークス、シャーロック・ホームズ、歴史、ICT、メンタルヘルスなどがメインです。

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【NFL】歴代バックアップQBトップ10人

グリーンベイ・パッカーズを応援する身としては、この2013年シーズンはなかなかタフなものになりそうです。

と言うのは、不動の先発QBアーロン・ロジャースがWEEK9に負傷し、当面バックアップQBで行くしかなくなったからです。


下の画像はtwitterで拾ったものですが、今シーズンのWEEK8のテレビ中継のものだと思われます。

20131028GBの4人の先発QB

パッカーズはこの22年間、先発したQBは4人しかいなかったのです。

しかしロジャースの負傷により事情は変わりました。


そんな訳で、バックアップQBの重要性を思い知らされましたのですが…

以前NFL Top 10 Backup Quarterbacks」と言う動画を見ました。

(この動画は削アップされては、削除され、またアップを繰り返しているようです

 ですのでURLは紹介しませんが、「NFL Top 10 Backup Quarterbacks」でYouTubeなどで検索すれば見つかると思います)

そこに紹介されていた、10人のQBについて、私の印象などを中心に書いておきます。

(すべて書き終わった後に思ったのですが、何日かに分けて書きましたので、各選手についての記述のしかたが、バラバラになってしまいました。

 読みにくくなって申し訳ありません)


10位.トレント・デルファー

1994年にタンパベイ・バッカニアーズからドラフト1巡、全体の6番目で指名され、NFL入りしました。

2年目の1995年から4年間、全試合に先発しますが、パッとした成績を上げられず、2000年シーズンには、ボルチモア・レイブンズに、トニー・バンクスのバックアップとして入団します。

しかしバンクスが絶不調に陥ったため、シーズン半ばに先発に昇格。

12勝4敗でシーズンを終え、プレイオフを勝ち抜き、スーパーボウルに出場。

ニューヨーク・ジャイアンツをやぶり、レイブンズは球団史上初のスーパーボウル制覇を成し遂げます。

デルファーのスタイルは、力強いオフェンスを率いるものではなく、ミスをせず地味ながらもコツコツと得点する、と言う「ゲームを壊さないQB」と言うものでした。

当時のレイブンズには、破壊的なディフェンスがありましたので、そのスタイルがマッチしました。

ですから、デルファーの実力はそれほど高く評価されず、チームは彼が翌シーズンにシアトル・シーホークスに移籍することを止めませんでした。

デルファーはその後2007年まで、主にバックアップQBとして、3球団で活躍し、引退しました。

後述しますが、バッカニアーズにドラフト1巡指名されたQBには、のちに他球団に移籍してバックアップなったあと、先発に就いてスーパーボウルを制覇したQBが3人います。

デルファーの他には、ダグ・ウィリアムスとスティーブ・ヤングがいます。


9位トム・ブレイディ

今では、史上最高のQBの一人とされるトム・ブレイディですが、入団したころはほとんど無名のバックアップQBでした。

2000年にニューイングランド・ペイトリオッツにドラフト6巡、全体の199番目と言う、およそ期待されない順番で指名されNFL入り。

ルーキーシーズンと2年目の最初の頃、ブレイディはドリュー・ブレッドソーのバックアップとしてすごしました。

当時はブレッドソーは絶対的なエースと言える存在で、少々調子が悪くても、代えられるようなことはありませんでした。

しかし2001年シーズン、WEEK2のゲームでブレッドソーが大けがを負うと、ブレイディは次の試合から先発出場を始めます。

日本では大学時代を知る人以外はほとんど無名だったブレイディは、そこからペイトリオッツを快進撃に導きます。

そしてブレッドソーの怪我が癒えた後も、先発として使われ続け、ついにチームをスーパーボウルに導きます。

スーパーボウルでは圧倒的に不利とされたものの、セントルイス・ラムズをやぶり、チームを史上初めてスーパーボウルに勝たせ、MVPに輝きます。

3年目の翌シーズンは、実質的な2年目のジンクスに陥りますが、4年目や5年目にもスーパーボウルに勝ち、現在の地位を確立しました。


8位ダグ・ウィリアムス

ダグ・ウィリアムスは1978年のドラフトで、タンパベイ・バッカニアーズから1巡、全体の17番目の指名でNFL入りしました。

当時は人種的な偏見がまだ残っており、黒人のQBは成功しない、と見られていた時代でしたが、大学のオールスターチームに選ばれたほどの力量が買われたようです。

バッカニアーズでは期待にこたえてチームを史上初のカンファレンス・チャンピオンシップまで導きましたが、契約でもめ、1983年にはいったんUSFLと言う他リーグに移籍しています。

1986年シーズンからはNFLに復帰、ワシントン・レッドスキンズに入団します。

ジェイ・シュレイダーのバックアップと言う存在でしたが、翌1987年にシュレイダーが故障すると先発に昇格しました。

そしてスーパーボウルに進出。

当時は「スーパーボウルに初めて先発する黒人QB」として日本でも大きく報道されました。

そしてスーパーボウルでは、いったん負傷退場するも、第2Qには4本のTDパスを投げてデンバー・ブロンコスに逆転勝ちしてMVPに輝きました。

1989年に引退後はコーチに転身し、現在は母校グランブリング大学のヘッド・コーチを務めています。


7位ブレット・ファーブのバックアップQB達

1992年途中からグリーンベイ・パッカーズの先発に就き、2007年シーズンまでずっと先発を務めていたブレット・ファーブの背後には、多くの優秀なバックアップQBがいました。

しかし、ファーブが欠場しないので、パッカーズではその力を発揮できない選手がほとんどでした。

彼らのうちの何人かは、他チームに移籍して先発QBとなり、スーパーボウルに進出した選手も輩出しました。

ジム・マクマーンは第20回スーパーボウルを制覇したQBで、その後パッカーズに移籍してファーブのバックアップとなりました。

タイ・デトマーは1993年にパッカーズに入団。

ファーブが不調に陥った時、一時期先発の座をつかみそうになりましたが、結局3年間をパッカーズのバックアップQBとしてすごしました。

1996年にはフィラデルフィア・イーグルスに移籍して11試合に先発。

チームの地区優勝に貢献しました。

アーロン・ブルックスはニューオリンズ・セインツに移籍し、先発QBとしてチームを地区優勝に導きました。

ダグ・ぺダーソンは先発として期待されてフィラデルフィア・イーグルスに移籍しましたが、十分な活躍ができず、パッカーズに戻って、再びファーブのバックアップになりました。

マーク・ブルンネルはジャクソンビル・ジャガーズに移籍し先発に定着。

1999年シーズンには、チームをカンファレンス・チャンピオンシップにまで導きました。

マット・ハセルベックはシアトル・シーホークスに移籍して、先発QBとして、チームを初のスーパーボウル出場にまで導きました。

もちろんアーロン・ロジャースもファーブの控えでした。

後述しますが、一時期はファーブのバックアップにブルンネルやデトマーが同時に名を連ね、おかげでキャンプに参加したカートワーナーは、採用されませんでした。


6位フランク・ライク

フランク・ライクは1985年にドラフト3巡、全体の57番目でバッファロー・ビルズに入団しました。

キャリアのほとんどをビルズで、そしてジム・ケリーの控えQBとしてすごしました。

残した数字は平凡な控えQBですが、彼の名を不滅にしたのは、NFL史上最大の逆転劇をなしたことです。

1992年シーズン、ビルズはレギュラーシーズン最終戦でケリーを負傷で失いました。

翌週のワイルドカード、ヒューストン・オイラーズ(現テネシー・タイタンズ)を地元に迎えますが、3Q序盤に3-38とリードを広げられました。

しかしそこからライク率いるビルズオフェンスの逆転シリーズが続き、ついに4Qには35点差を逆転してしまいます。

4Qの最後にはオイラーズにFGで同点とされるのですが、オーバータイムで勝利します。

この試合はNFL史上最大の逆転劇「The Comeback」と呼ばれています。


それ以外のゲームやシーズンでは特筆すべきものはないのですが、その変わった名前(Frank Reichを続けて「Frankreich」としますと、ドイツ語でフランスを表わす言葉となります)とともに、忘れられない選手です。

なお、記憶が定かではありませんが、メリーランド大学時代にも、負傷した先発QB(たしかブーマー・アサイアソン)に代わって登場し、大学フットボール史上に残る大逆転を指揮したそうです。

そう言う運をもっているんでしょう。

引退後はNFLのいくつかのチームで、QBコーチやWRコーチを歴任しています。

そのうち、オフェンスコーディネーターやHCとして、我々ファンの目に触れることも考えられます。


5位ドン・ストロック

1973年にドラフト5巡、全体の111番目の指名で、マイアミ・ドルフィンズに入団しました。

最初はボブ・グリーシーのバックアップQBで、最後はダン・マリーノのバックアップでした。

グリーシーとともに1度、デイビッド・ウッドリーともに1度、そしてマリーノとともに1度、計3度スーパーボウルに出場し、最初の1回のみ、勝利しました。

ドン・ストロックと言えば「Epic in Miami」と言う1981年度シーズンのサンディエゴ・チャージャーズとのプレイオフが有名だそうです。

このゲームはオーバータイムの末に、38-41でチャージャーズが勝ち、よく両肩を抱えられたチャージャーズのTEケレン・ウィンズローの写真とともに語られますが。

ストロックはこのゲームの0-24とリードされた第2Qの序盤に、先発のウッドリーに代わって出場。

403ヤードを投げ、4TDで1INTと好成績をおさめました。


4位ジェフ・ホステトラー

ジェフ・ホステトラーは1984年にニューヨーク・ジャイアンツにドラフト3巡、全体の59位で指名され、入団しました。

長くフィル・シムズの控えでしたが、1990年のレギュラーシーズン終盤にシムズの負傷により、先発の座が回ってきました。

プレイオフを勝ち上がり、当時3連覇の可能性が高い、と言われたサンフランシスコ・49ナーズとNFCチャンピオンシップで激突。

自身も一時負傷退場するような激戦を制し、第25回スーパーボウルにチームを導きました。

このスーパーボウルでも、有利とされたバッファロー・ビルズをやぶりました。

大学時代にオール・アカデミック・チームに選ばれるほどの文武両道ぶり。

そして風貌に似合わず怪我に強く、また脚があるQBでした。

翌シーズンはほぼ先発の座をつかみますが、1993年にFAでロサンジェルス・レイダーズ(現オークランド・レイダーズ)に移籍。

先発としてチームをプレイオフに導くなどの活躍を見せました。


3位ジム・プランケット

ジム・プランケットはスタンフォード大学在学時にハイズマントロフィーを受賞し、1971年に全体の1番目に指名されるほど、期待されてニューイングランド・ペイトリオッツに入団。

UPIによるAFC新人王に選ばれるなど、順調なプロ生活の滑り出しを見せましたが、その後怪我やチームのオフェンススタイルの変更などがあり、1976年のドラフト会議で、サンフランシスコ・49ナーズにトレードされます。

49ナーズの2年間はほぼ先発でしたが、十分な期待にはこたえられず、1978年にはオークランド・レイダーズにトレードされてしまいます。

レイダーズでは最初の数年間は控えでしたが、1980年シーズンに先発のダン・パストリーニが負傷すると、チームはプランケットを先発で起用するようになりました。

プランケットはこのチャンスを生かして勝ち続け、ついには第15回スーパーボウルにチームを導き、フィラデルフィア・イーグルスをやぶり、MVPとなりました。

また、この年PFWのカムバック賞を受賞しました。

翌年からは再び控えQBとなりますが、1983年にはマーク・ウィルソンの負傷で再び先発に起用され始めると、第18回スーパーボウルに出場して、これに勝ちました。

プランケットの物語は、一度挫折を味わったエリートQBが、セカンドエフォートで成功をなしたものだと言えるでしょう。

なお、プランケットの両親ですが、母親はもともと盲目で、父親は失明していました。

しかもマイノリティの出身なのですが、プランケットの人生は、そう言う家庭でもこのようなサクセスストーリーが描けることを証明してくれています。


2位アール・モラル

アール・モラルの人生は、草創期のスーパーボウルに左右されたものだと言えるでしょう。

アール・モラルは1956年のドラフト1巡、全体の2番目と言う高い期待を込められて、サンフランシスコ・49ナーズに指名され、NFLの世界に入りました。

初年度のポジションはパンターで、2年目からQBで登録されますが、最初の数年間はパンターとの兼任でした。

モラルが脚光を浴びたのは30代も半ばの1968年、ボルチモア・コルツにいた時のことでした。

ジョニー・ユナイタスの控えだったのですが、ユナイタスが負傷したためシーズンのほとんどを先発で出場。

なんとリーグMVPに選出されます。

そして圧倒的有利と言われた第3回スーパーボウルに出場するのですが、これに敗北してしまいます。

その翌々年コルツはユナイタスのもとでスーパーボウルに勝ち、モラルはバックアップQBとしてこのシーズンに貢献します。

1972年にコルツを放出されますが、コルツ時代のHCで、マイアミ・ドルフィンズのHCとなっていたドン・シュラが

「自分のために多くのゲームを勝ってくれた、インテリジェンスのあるQB」

として、モラルはドルフィンズに迎えられます。

モラルは期待にこたえ、1972年のドルフィンズの「パーフェクトシーズン」に貢献します。

彼は先発のボブ・グリーシーが負傷欠場している間、9試合に先発して全勝しました。

モラルは42歳のシーズンまで選手でしたが、1976シーズンを最後に引退しました。


1位カート・ワーナー

オードリー若林が「教科書に載ってもいいレベルの選手」とまで評した選手です。

大学時代はマイナーなリーグで特筆すべき成績もおさめられず、1994年のドラフトにはかかりませんでした。

それでも、グリーンベイ・パッカーズのキャンプにドラフト外選手として参加するのですが、当時のパッカーズには、ブレット・ファーヴ、マーク・ブルネル、タイ・デトマーなどがいて、チームに残ることはできませんでした。

しばらくはドラッグストアでアルバイトをしたり、母校のコーチをして生計を建て、トレーニングを続けていました。

その後アリーナ・フットボール(室内フットボール)に参加し、優れた成績をおさめたため、1998年にセントルイス・ラムズと契約。

そこから下部リーグのNFLヨーロッパに派遣され、好パフォーマンスを見せました。

1999年、ラムズはチーム再建をかけて、トレント・グリーンを先発QBとして獲得します。

しかしプレシーズンゲーム最終戦でグリーンが負傷すると、ワーナーに先発の座がまわってきました。

ワーナーのパスは、開幕戦から、ラムズの破壊的なオフェンスの中核となりました。

ほとんど無名だったため、日本でも注目をあびました。

そしてついに第34回スーパーボウルに出場し、テネシー・タイタンズとの死闘の末、ラムズを初のスーパーボウルチャンピオンに導きました。

「アルバイトからスーパーボウルNVPに」輝いた、このシンデレラシーズンを含めた3年間、ラムズのオフェンスはリーグを席巻しました。

しかし、第36回スーパーボウルで、当時無名のQBトム・ブレイディが率いるニューイングランド・ペイトリオッツに敗れたところから、運命が変わり始めました。

翌2002年シーズンを負傷で棒に振り、2003年途中からは先発の座を奪われ、2004年にラムズを解雇されました。

2004年はニューヨーク・ジャイアンツと契約。

しかし途中、またも先発の座を、期待の新人イーライ・マニングに奪われると、2005年にはアリゾナ・カージナルスに移籍しました。

その後なかなか復調しませんでしたが2008年、先発に定着し、チームを初のスーパーボウルに導きました。

異なる2チームでスーパーボウルに先発したのは、クレイグ・モートンに続き、史上2人目のことでした。

このスーパーボウルでは、終盤に見事な逆転劇を見せるのですが、相手のピッツバーグ・スティーラーズのQBベン・ロスリスバーガーに奇跡的な再逆転劇を許し、敗退しました。

翌2009年にもチームをプレイオフに導き大奮闘しましたが、このシーズン限りで現役を引退しました。

ワーナーのNFL生活は、たぐいまれなシンデレラストーリーでしたが、最後は、これまたたぐいまれなカムバックでした。

彼の人生を見ると、物事をあきらめることが恥ずかしくなることがあります。



以上10人の紹介を書いてきました。

このほかにも、スティーブ・ヤング、ブレット・ファーブ、ベン・ロスリスバーガー、ビニー・テスタバーディーなどの名が私には浮かびます。


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