【映画】『鉄くず拾いの物語』の私なりの解釈



映画『鉄くず拾いの物語』の宣伝動画)


『鉄くず拾いの物語』

と言う映画が、先週から東京・新宿で上映されるようになりました。

この映画のことは、私は先週、下記リンク先の記事を読んで、知りました。

WIRED.jp「戦争の傷癒えぬボスニア、ロマの窮状訴える:映画『鉄くず拾いの物語』タノヴィッチ監督」
http://cms2x.wired.jp/2014/01/07/interview-danis-tanovic/



タイトルを見て、ロマ固有の悲惨な現状を描いた映画だと認識しました。

上記記事中にある映画のストーリーは、こんなものです。

「凍てつくボスニアの寒村。ロマのナジフは鉄くず拾いで生計を立てている。ある日、妊娠した妻セナダが体調を崩し、流産と診断される。病院は手術を勧めるが、ナジフは保険証もなく、費用も用意できなかった。分割払いを懇願するものの、医師に冷たくあしらわれる。妻を救うため、ナジフはあらゆる手段を試みる……。」

ああ、ロマってかわいそうだな、と思いました。

しかし記事を読み続けると、こんな言葉に変わり、認識がかわりました。

「監督は「社会システムは本当にわたしたちのためにあるのか? わたしたちはそれを支えるべきなのか?」と疑問を投げかけています。」

ああ、この映画はロマだけではなく、今を生きるすべての人たちが抱えている問題を描いているんだな、と思いました。


さらに先日こんな記事を見て、また色々と考えさせられました。

Newsweek「『鉄くず拾いの物語』が問いかけるもの」
http://www.newsweekjapan.jp/stories/movie/2014/01/post-3151_1.php


「彼らがロマだったことは関係ない。偶然そうだっただけだ。

 いまの社会システム全体を考え直さなければならない時期に来ていると思う。どの国に行っても将来を楽観視している人はほとんどいなくて、みんな自分たちの社会や世界の先行きを悲観している。」

(ダニス・タノビッチ監督)

その通りだと思います。


今、私もそうですが、多くの人が「将来幸せでいられるかどうか」自信を持てないでいると思います。

ですが、その「幸せ」は、現在の社会システムで定義されたものであり、将来はその「幸せ」が同義であるかどうか…

それを変えるべきかどうか…

イデオロギーとか宗教っぽい話しになって来たので、書くのをやめます。

考えをまとめられないまま、こんなブログ記事を、世の中に流すのは申し訳ないのですが…


ただこれだけは言っておきたいのですが…

トップに置いた動画が最後に語るような、「奔走する家族愛を描いたヒューマンストーリー」と言うものを、ダニス・タノビッチ監督は作りたかったのではないと考えます。

これが今の社会だ。

これでいいのか?考えてくれ。

そう言うことが言いたいのでしょう。


興味深い映画だと思います。


「映画『鉄くず拾いの物語』オフィシャルサイト」
http://www.bitters.co.jp/tetsukuzu/


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