長嶋茂雄氏が讀賣ジャイアンツに入団しててよかったんだな、と思ったこと

3月12日に、長嶋茂雄読売ジャイアンツ終身名誉監督を特集した番組を見ました。

こちらの番組です。

放送内容|リアリTV|日本テレビ「80歳、長嶋茂雄の今」へのリンク

その中で紹介されたのが、長嶋氏が、2011年3月11日の東日本大震災の被災地に向けた、下の色紙でした。

20160312長嶋茂雄氏が被災地に充てた色紙の画像

番組の中で、この色紙が今でも被災地のいろんなところに貼られていて、現地の方を励ましていることが紹介されていました。

長嶋氏と同世代と思える女性はもちろん、被災地の高校球児までが

「長嶋さんの前で恥ずかしいプレイはできない」

といって一生懸命練習していることも紹介されました。

彼らは長嶋氏のユニフォーム姿を知っているかどうか、と言う世代です。

あらためて長嶋氏の影響力を思い知らされました。


この色紙のことは、調べてみたら、当時報道されていました。

スポニチ「長嶋さん被災地へエール「頑張り信じてます」」へのリンク

病気で右手が使えないため、左手で書かれていたことも被災者の方は知っていて、それがまた励みにもなっているようでした。


ところでこの色紙、讀賣ジャイアンツのロゴと名前が入っています。

う~ん、これ必要なのかな、と思いましたが…

そしてその直後、やっぱり長嶋氏は讀賣ジャイアンツに入団し、そこで選手生命をまっとうし、監督を務めたことは、素晴らしいことなんだな、と思いました。

と言うのは、長嶋氏はプロ入りするとき、ほぼ南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)への入団が決まっていたのが、一転してジャイアンツ入りすることになった、と言うエピソードを思い出したからです。

ときどき私はそのエピソードを思い出し、長嶋氏がホークスに入っていたら、歴史は大きく変わっていただろうなぁ、と思うことがありますから。


しかしこの番組を見て、長嶋氏はジャイアンツに入って良かった、と思いました。

ホークスに入っていたら、このように今でも多くの人に愛される人物になっていたかどうか…

ひょっとしたら、ホークスではもっとすごい活躍をしていた可能性だって否定できませんが。

ジャイアンツの方が環境に恵まれていたから成功した、と言うことではないのです。

ホークスは当時常に優勝を争う強豪でしたし。

契約金もホークスの方が高かったとも聞きます。


自分がホークスファンながら、そう思えたのがおかしく思えました。

そして20年ほど前、猛烈なアンチ・ジャイアンツだった私が、こんなことを書いているのも、またおかしく思えました。

とにかく、ジャイアンツは素晴らしい人物を育てたことは確かだと思います。

そしてもう一人、王貞治氏と言う素晴らしい人物を育てたことも。

長嶋氏と言うライバルがいなければ、王氏はここまでの人物になっていなかったかもしれない。

そう考えますと、今ホークスは、長嶋氏の恩恵を受けていることになるんじゃないかな、とも考えます。


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