【ホークス】バンデンハークの活躍で思い出される、スタンカのこと



(パリーグTVの動画「まさに「不沈艦」 ホークス・バンデンハーク投手 デビューから13連勝!!」へのリンク)

福岡ソフトバンクホークスのリック・バンデンハーク投手は、4月26日の対オリックスバファローズ戦で4勝目をあげ、日本デビューからの連続試合記録を13にまで伸ばしました。

日本プロ野球デビューからの13連勝と言うのは、1966年の堀内恒夫投手(讀賣ジャイアンツ)の記録に並ぶものだそうです。

日刊スポーツ「バンデンハーク13連勝、堀内恒夫氏に並ぶ歴代1位」へのリンク

余談ですが、『ただ栄光のために-堀内恒夫物語-』(海老沢泰久著)を読むと、記録を樹立したルーキー時代の堀内投手は、とてつもない選手だったようです。

「その投手にならんだか…」

と思うと、ホークスファンとして感無量です。


ところで、バンデンハーク投手がこれまで記録を伸ばしてきた中で、

「バンデンハークはホークス史上最高の外国人投手だ」

と言う投稿を、主にYahoo!コメントで見ます。

私は、「ホークス史上最高の外国人投手」の一人だということには大きく賛同します。

ですが、かつて南海ホークスに在籍したジョー・スタンカ投手のことを考えると、バンデンハーク投手が単独で「最高の外国人投手」だとは思えないのです。


ジョー・スタンカ投手は1960年から1965年に、南海ホークスに在籍したアメリカ人投手です。

ホークスに在籍した期間に94勝59敗と言う成績を残して、3度のリーグ優勝と、1度の日本一に貢献しました。

特にその日本一になった1964年は、レギュラーシーズンでキャリアハイの26勝(7敗)をあげシーズンMVP。

日本シリーズでも、第1戦、第6戦、第7戦の3試合で完封勝利をあげ、MVPに輝いています。

私はこのころに生まれたので、現役時代のスタンカ投手のことは知りません。

ですが、スタンカ投手のことは、プロ野球の歴史を読むと必ず名前が出てくる、とても素晴らしい投手だとおもっています。

特に『ハロー、スタンカ、元気かい――プロ野球外人選手列伝』(池井優著)は有名です。

ただし、1961年の日本シリーズでの悲劇のヒーローとしてのイメージが強いと思われます。



(動画「1961年日本シリーズ 南海スタンカ vs 巨人宮本 」)


こういう往年の大選手のことをことを思うので、バンデンハーク投手が単独で「最高の外国人投手」だとは思えないのです。

ただし、バンデンハーク投手が活躍している現代と、半世紀も前のスタンカ投手の時代とでは、野球が違い、記録の見方も違うと思います。


スタンカ投手が現代の投手であれば、年間26勝を挙げるほどの登板機会(43回の先発と4回のリリーフ)には恵まれていなかったでしょうし、日本シリーズで完投した翌日に先発を任されることはないでしょう。

一方で、バンデンハーク投手の勝利について

「福岡ソフトバンクホークスと言う強いチームいいるから」

と言う声もあります。

しかし、スタンカ投手がいた頃の南海ホークスも同じく強いチームで、その6年間で最低でも2位に入っています


結局、投手部門で絞っても、バンデンハーク投手は、単独で「ホークス史上最高の外国人選手」とは言えないと考えます。

大事なのは「今のところ」と言うところであり、これから、そう言う投手になる可能性は十分にあると考えます。

私はそうなることを願いながら、そして南海ホークス時代のことも忘れずに、リック・バンデンハーク投手のことを応援し続けます。


ここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。

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ここからはこれを書くために調べていて気がついた余談です。

1964年は、甲子園球場を本拠地とする阪神タイガースと、大阪球場を本拠地とする南海ホークスの対戦でした。

おもしろいことに、甲子園球場で行われた4試合のどの試合よりも、大阪球場で行われた試合のほうが観客数が多かったと言うことです。

NPBのサイトの「1964年度日本シリーズ 試合結果」によると、甲子園球場での最多入場者数は、第6戦の25,471人なのに対し、大阪球場での最低は第5戦の26,962人でした。

私のイメージと真逆で、興味深かったです。
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