【NFL】モンタナがブレイディについて語ったときに引き合いに出した、サミー・ボーとオットー・グラハム

こんな記事がありました。



「「ブレイディーは史上最高のQBではない!」そう断言する元名選手は…― スポニチ Sponichi Annex スポーツ」へのリンク

ジョー・モンタナと言えば、トム・ブレイディが少年時代に憧れた地元のヒーローですが…

モンタナの言葉に納得できるかどうかは置いといて、この中に出てきた

サミー・ボーとオットー・グラハム

のことを書いておきます。


1.サミー・ボー



(NFL Films公式の動画「#14: Sammy Baugh | The Top 100: NFL’s Greatest Players (2010) | NFL Films」)

 2分近くになるまでプレイシーンが出てきませんが…)

トム・ブレイディの話題で、ビル・ベリチックが紹介しているのが偶然とはいえ面白いですが…

サミー・ボーは1940年代を中心に活躍したQBで、DBとPもプレイしていました。

1937年のドラフト1巡(全体の6番目)でワシントン・レッドスキンズに指名され入団し、ルーキーシーズンにいきなりチームをNFLチャンピオンに導きました。

1945年にはパス成功率70.3%でQBレイティングは109.9と言う、当時としては信じられない数字をたたき出すほどのパスの名手でした。

この数字は、現代のNFLでもパッサーとしては超一流です。

(ひょっとしたら当時と現代では、QBレイティングの算出方法が違うかもしれませんが)

NFLチャンピオンには2度輝き、MVPには2度選出されました。

DBとしては通算31インターセプト。

40インターセプトを記録した選手はそんなにいませんから、立派なもんです。

Pとしては1940年に平均51.4ヤードを記録しましたが、これは今でもNFLのシーズン記録です。

パスがうまいことを、銃の名手に例えられ、

サミー「スリンギング」ボー

と呼ばれました。


2.オットー・グラハム



(NFL Films公式の動画「#16: Otto Graham | The Top 100: NFL's Greatest Players (2010) | NFL Films」)

こちらはオットー・グラハムと同僚だったドン・シュラが紹介。

なお当時のブラウンズには、チャック・ノールもいました。


オットー・グラハムは1946年に、のちにNFLに吸収されたリーグ、AAFCのクリーブランド・ブラウンズと契約し、入団。

(1944年のドラフトでNFLのデトロイト・ライオンズに1巡指名されたみたいですが、その時は入団しませんでした)

1955年までプレイしました。

ブラウンズは1950年にNFLの一員となったのですが、その年いきなりNFLチャンピオンになります。

1950年からグラハムが引退する55年まで、6年続けてNFLチャンピオンシップに出場し、うち3度優勝しました。

グラハムはこの間、3度のMVPに輝いています。

堅実なプレイと、タフなことから

「オートマチック」オットー

と呼ばれました。


3.モンタナと2人の共通点

1994年、NFLは創立75年を記念して

「NFL 75th Anniversary Team」

と言うオールスターチームを発表しました。

この時QBは4人選ばれました。

その中に、サミー・ボー、オットー・グラハム、そしてジョー・モンタナの3人の名前がありました。

ひょっとしたらモンタナはそのことを思い出して、ボーとグラハムの名前を出したのかもしれません。

もう1人、ジョニー・ユナイタスのことは言い忘れてしまったのかも、とか考えました。


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