【冷夏】なので「平成のコメ不足」の思い出を書いておこう~1993年米騒動

今年の夏は東日本では日照時間が極端に短く、平成5年(1993年)以来のコメ不足を招くのではないか、と言われています。

そこで、一市民として、「平成のコメ不足」の思い出を書いておきます。

なお、文中で単に「米」と表記しているときは、突起がない限り、日本で一般的に流通している「ジャポニカ米」のことをさしていると解釈してください。

「米屋」とは、すべての米屋ではなく、私の身近にあった米屋のことで、すべての米屋がこの中で書いたようなことをしたとは言い切れないです。

また、客観的な「平成のコメ不足」のことについては、ウィキペディアの

「1993年米騒動」

をご覧ください。

20170826稲穂の画像


1993年当時、私は独身で、東京都杉並区阿佐ヶ谷南のアパートに1人暮らししてました。

当時米の販売は登録制で、米屋以外ではアメリカ買うことができなかった記憶があります。

また、スーパーマーケットの営業時間も、今ほど長くはなかったと思います。

(今後は短縮されていくでしょうが)

ただ、1993年にはコメ不足の実感はありませんでした。

ニュースは見たかもしれませんが、それが自分の生活に影響するとは思ってもいませんでした。


実感したのは翌1994年の2月から4月ごろだったと思います。

急にコメを買うのが難しくなりました。

また私自身の残業時間が増え、会社帰りに米屋やスーパーに買い物に行くのが難しくなったのも一因ですが。


米屋が空いている時間に退社できても、店頭にコメが置いてありませんでした。

うわさでは、米屋は入荷しても、昔からのお得意さんに回していたそうです。

コネのない私は、米を買うことができませんでした。

その頃は麺類を主食にしていたかもしれません。


政府がタイやアメリカからコメを輸入することで何とかしようとしましたが…

米屋は評判の悪いタイ米との抱き合わせでしかコメを売ってくれなくなりました。

(これも商売なので、特に米屋に恨みはないです)

食にあまりこだわりがないせいか、タイ米について特別に不満はありませんでした

食べにくいとは思ったかもしれませんが、そんなことを言ったら、タイの国民のみなさんに申し訳ないです。

カリフォルニア米は、当時私が買っていた「東京都標準米」よりはおいしかったです。

(そう言えば「標準米」ってどこにいったんだろう)


コメ不足がいつ解消したかは正確には覚えていませんが、一番苦労したのが3月ごろで、5月にはもう落ち着いていたと思います。


今年の冷夏の影響が市民にでるとしたら、今年の終わりから来年前半のことになると思います。

ですが、最近は冷夏に強い銘柄米ができたり、1993年の教訓があるでしょうから、この時のような混乱はないと思います。


ここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。

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